ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)

東京 向島百花園

骨董商が江戸時代の1804年頃につくった庭園で、四季を通じて花が咲くようにした民営の花園として庶民に開かれていました。1939年からは東京市に譲渡され公営となりました。庭園というより花園というのがしっくりきます。売店ではサイダーなど売っていて、その場で飲めます。庶民のための花園であることを経験できます。国指定名勝です。

山口
ある程度の予想を立ててうまくいった浜離宮のような場所もあるんですが、うまくいかなかった方が多かったんですよ。墨田区にある百花園からスカイツリーが見えるという予想を立てて行ってみても、スカイツリーを借景として捉えることは何かが違ったんですよね。おそらくスカイツリーがデザインされすぎているんです。デザインされたビルが借景になりにくいことと近しい感覚です。それに、百花園は町人が作った庭で、季節の花をたくさん入れて町の人たちに楽しんでもらうための場所だったこともあり、他の庭園と比べるとカジュアルなんですよね。東京タワーだったら借景にもなりうると思うんです。東京タワーは鉄骨で出来ているわけだけど、高度な加工技術がまだ発達しきっていない時期の建造物で、鉄骨という素材をそのまま感じられるというのが面白い部分ですよね。そう意味でいえば、百花園はこのプロジェクトの中であまりうまくいかなった場所です。

形状よりはマチエール、素材感の方が面白いということですね。

公文
撮影当時はまだマチエールとして隣り合っているかどうかなどに対して曖昧な部分が多かったので、スカイツリーが庭園から見えるので十分だと思っていました。百花園には色々な植物があって、モネの庭のような美しさはありました。でもそれは出来過ぎているというか、コンセプトに合っていないということは後半になってから理解できるようになってきました。

ここで他に面白かったものはありますか?

山口
手探りだったので、トンネルの向こうにスカイツリーを入れることはできないかと公文さんに無茶振りもしましたね。今回のテーマに限って言えば、百花園は見どころが少ないんですよ。何を見ればいいのかがよくわからなくて。町人が作ったこの庭の目的はたくさんの花を見せことにあって、「いろんなお花があって素敵。」というように非常に距離の感覚が近いといういうか、すぐ目の前のものに目の焦点を合わせるような印象があります。借景というものは意識を奥に飛ばすものなのに、ここでは距離がとても近いので、百花園では借景という概念はマッチしないんだと思います。素朴で楽しい庭園ではあるんですけどね。

距離が近いということですが、浜離宮も後楽園も百花園も歩き回る庭園で、共通していますよね。

山口
小さい庭園でも、ずっと眺めていたいと思えるような静かな場所もありえますけど、百花園の場合はどこかに止まって眺めるというよりは園内を移動していって、次々に現れるたくさんの花を見ます。見ているものは、風景ではなくて、すぐ近くにある花々です。見ている対象までの距離はずっと同じで、近いと思うんですよね。浜離宮でいうところの池のまわりの回遊というのは、そこから見える風景を楽しむための回遊で、百花園の場合は行った先々で花を発見する楽しみ方なので、風景ではないということなんですよね。