ふたり旅(公文健太郎 ✕ 山口誠)

京都 無鄰菴

1894~1896年、明治維新を代表する政治家・山縣有朋(やまがた・ありとも)の別荘としてつくられました。もともと、『無鄰菴(むりんあん)』のある一帯は近くにある南禅寺の広大な境内の一部。しかし明治初期の廃仏毀釈によって境内を縮小する際に別荘地として開発され、南禅寺界隈別荘と呼ばれる15邸ほどの別荘群となりました。無鄰菴はそのなかでも最初期に建てられ、近代日本庭園の先駆者である庭師・七代目小川治兵衛(植治)が作庭し、高い評価を得ました。無鄰菴庭園として、国の名勝に指定されています。

聞き手・構成|圓谷真唯

山口  無鄰菴を作庭した庭師・七代目小川治兵衛は、近代日本庭園の先駆者です。大名庭園などにある大きな池は海をモチーフにしたものでしたが、それに対して小川治兵衛は池を中心にするのではなく、琵琶湖疏水の流れを庭に引き込み、蛇行させ、また別の庭へと流れていく小さな川をつくりました。その周囲を歩くことで、「鑑賞する」のではなく「経験する」ことを可能にしています。そのような庭園を南禅寺周辺でいくつも手がけました。

無鄰菴には借景ではなく、小川を見に行ったのでしょうか?

山口  さりげなく木々の樹冠をパースがつくように剪定(せんてい)し、その向こうに見える東山が借景になっています。庭園の奥、つまり東山の方から手前に向かって小川が流れています。敷地は平坦なように見えますが、実は人工的に高低差をつけて、敷地の奥を盛り上げて高くしてあるんですよ。それによって奥行きが出るし、水も流れるようになっています。木々の稜線で描かれるパースと、川で感じられる奥行きから、やはり借景が中心になっているんですよね。

公文  この辺りの土地は平面なのに、無鄰菴は立体的に見えるんですよ。東山が意外と遠いんですが、視線がそちらに誘導される感覚はおもしろいですよね。借景が中心となっていない場所も、建物と森、川、道と全体が一体となっていて、とても居心地がよかった。小さい川だけど、どこか大きい世界にいるような気分になります。ミニチュアじゃないけれど、世界が凝縮されている感じがしましたね。

山口  居心地よく感じるのは、デザインの意図があまり見えないようになっている空間がうまくコントロールされているからだと思います。東山の借景がメインである一方で、自然が高密度で再現されているところが、実は見ていて楽しいところです。

ここに限らず、小川治兵衛の手がけた庭園は政治家や財閥などのためのものが多く、禅宗に多く見られるような精神世界に通じるような抽象性が薄れて、リラックスできる空間になっていると感じます。借景を眺める視点場は歌を詠んだりするところで、そこ以外の場所には歩きながらときに立ち止まって、心地よくなるような素材の組み合わせがたくさんあります。

2021年10月27日