ひとり旅 | 対談 人が主役になる丸の内の風景 岩本祐介(三菱地所) ✕ 山口誠

整然とオフィスビルが立ち並ぶ東京・丸の内。その近代的な風景を見ながら、山口誠は、日本庭園や古今和歌集などにも見られる「微差の並置」という古くから培われてきた美意識との類似に気がつきました。この対談では、日本を代表するオフィス街に潜む美意識を、その開発を手がけている三菱地所の岩本祐介さんとともに語り合います。

聞き手・構成|萩原雄太
撮影|柳原美咲

 

 

 

丸の内は微差の並置

今回、なぜ丸の内に注目したのでしょうか?

山口 今年提出した博士論文の中で「微差の並置」という概念について論述しました。かつて京都御所南庭の橘と梅は、奈良時代に詠まれた歌の含意として「日本と中国」「神代と当代」といった対比関係があったのです。しかし、時代が下って古今和歌集の時代になると、この二つの木は対比関係ではなく「思い出を呼び起こす香り」という類似関係になり、差がなくなってしまいました。そこで、京都御所南庭の橘と梅は、現代まで続く「右近の橘」と「左近の桜」に置き換えられ、同じく香るものでありつつ、橘=香る、桜=散るという「微差」がつくられるようになったんです。

明確な対比関係ではなく、類似の中にある小さな差を並列させることを「微差の並置」と定義しているんですね

山口 はい。今年3月から丸の内永楽ビルディングにオフィスを移転しました。そして気づいたのが、丸の内という街が、まさに「微差の並置」によってできていること。丸の内もオフィスビルの連続という点で類似性がありますが、ひとつひとつのビルの表情が少しずつ違いますよね。また、他のオフィス街には、オフィスビルだけではなく、商業ビルやマンションが混じっていることも少なくありませんが、丸の内にはオフィスビルしかないのも特徴です。このような街は、日本の中でも他に類を見ないでしょうね。永楽ビルの上から見渡すと、丸の内エリアの中に微差の並置としてのビルがあり、その隙間から特徴のある皇居の建物が見えてくるのもとてもユニークな風景です。

確かに丸の内のビルを見ていると、類似と差異の両方を感じられますね。

山口 また、丸の内にはデザインのガイドラインがあり、屋外での看板の掲示が自主規制されているところもポイントといえるでしょう。看板を使わずに、ビルの名前やそこに入っている企業についての情報を全面に出さないため、ひとつひとつのビルがどこか抽象的。外側からは何の用途として使われているのかわからないけど、ビルごとに少しずつ違う固有性がある。そこに「微差の並置」を感じるんです。

そこで、今回、以前からの知り合いであり、三菱地所で広報を手がけられている岩本さんが、どのように丸の内を捉えているのかをお伺いしたいと思いました。

岩本 丸の内に「微差の並置」を感じてもらえるのは、とても嬉しいことですね。ただ、「丸の内が微差の並置だ」という話を聞いても、当初はあまりピンときていませんでした。というのも「類似したビルが並んでいる」という指摘は、ともするとネガティブにも聞こえますよね。

しかし、今年の3月、山口さんが手がけた本島別邸に伺ってようやく「微差の並置」という概念が腑に落ちた。類似の中にも明らかな個性があり、それらが集積することで独特の美しさを描いている。丸の内のビルも、ひとつひとつが全く別のものでありながら、ひとつの風景を作っています。

ひとつの街が「微差の並置」を生み出すためには、綿密な都市計画が必要となると思います。そもそも、丸の内はどのように街が形成されたのでしょうか?

岩本 時代をさかのぼれば、丸の内は、明治政府から払い下げられた土地を、三菱社(当時)社長の岩崎彌之助が「日本が近代国家の道を歩むためには、ニューヨーク・ロンドンのようなビジネスセンターを作る必要がある」という意気込みから整備していったエリア。それから135年あまりを経て、いまも日本を代表するビジネスセンターとして機能しています。

ただし、丸の内がずっと順調だったわけではありません。バブル崩壊後の1990年代には「丸の内のたそがれ」と呼ばれ、老朽化したオフィスビルから大手企業が次々と離れていってしまうような厳しい時期もありました。そこで、当時はオフィスしか存在しなかった丸の内に商業的なにぎわいを生み出していくため、丸の内仲通りにブランドショップや飲食店を誘致したり、文化的な施設を強化していきます。いまでは、休日に子どもを連れて来る人や、観光目的で訪れる人、ウェディングフォトを撮影する人も珍しくありませんが、当時は、家族連れが丸の内に来るなんて考えられなかったんです。

風景がつくる丸の内のイメージ

山口 オフィスを移転して、頻繁に足を運ぶようになって感じるのが、丸の内の特別さです。丸の内には独特の風格があり、気品がある。そういった特別感はどのようにして保たれているのでしょうか? やはり、三菱地所が丸の内を面開発(街全体を整備する開発事業)し、ブランディングをしていることが大きいのでしょうか?

岩本 三菱地所が管理している土地は、丸の内の30%ほどにすぎないんですよ。

山口 そうなんですか?

岩本 はい。丸の内が独特である要因のひとつは、地権者が集まり大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会をつくって、一緒に街をつくっていることだと思います。単体のビルではできないけれども、機能を補い合いながら街という「面」で取り組むからできることは多々ある。話し合いながら、みんなで街を進化させていっているんです。

山口 協議会に参加している企業を見ると、正会員は65社しかありませんよね。もしかしたら、そんな規模感も大事な要素かもしれませんね。というのも、平安時代には貴族の数が500人あまりだったという説があります。そのため、「この香りは地位が高い人のもの」といった価値観が共有しやすかった。おそらく、そのようなハイコンテクストな価値観は貴族が1万人いたら共有できないでしょう。丸の内も、多すぎない企業数だからこそ、クオリティや価値観が保たれるという側面もあるかもしれない。

少ない数だからこそ共有できる価値観が丸の内を作っている、と。

山口 そう。丸の内には、デザインやビルの高さといったガイドラインがありますが、それは、自治体が制定する景観条例などにありがちな「突出したものをつくらない」という消極的な考えからではなく、「丸の内らしさを実現するため」という積極的な取り組みに思えるんです。「丸の内」というイメージが共有され、この街のイメージに沿うようにみんなが街を作っているような気がします。

冒頭に、国内には丸の内に似たような街はないとお話していましたが、国外に目を向けるといかがでしょうか?

山口 たとえば、フィレンツェやボローニャのように、中世につくられたヨーロッパの都市には、丸の内に似た感覚を覚えます。共通点として挙げられるのは、建物の用途が情報として外に出ていないこと。看板を出していないので、街を歩いていてもその建物がホテルなのか、オフィスなのか、住宅なのか、何の用途で使われているかわからない。情報がわからないからこそ、建物が全面に浮き出て来ず、街が「風景」としての美しさを保っているのではないかと思います。

岩本 そのような街で問題になるのが「排他性」です。どこか、近寄りづらかったり、お高く止まっていると思われてしまう。私たちとしては、決して排他的な街をつくりたいわけではないので、仲通りをはじめ丸の内各所でイベントを開催し、開放的なにぎわいをつくっています。ヨーロッパの街でも、定期的に映画祭を行ったりして、新たな来街者を呼び込んでいますよね。

山口 ヨーロッパでは「仮設のもの」と、「恒久的なもの」がはっきりと別れていますよね。建物が恒久的だから、1階部分にはカフェやレストランといった一時的なものが入っていても気にならない。数百年にわたって続く恒久的な建物がどっしりと構えながら、仮設のイベントや店舗が盛り上がりを演出しているんです。

進化していく丸の内

山口 岩本さんは、広報部所属の以前はスタートアップ企業の誘致もされていましたよね。誘致をする側として「こんな企業が入ったら丸の内が変わるはず」、あるいは「こんな企業を入れることで丸の内を変えたい」というような思いもあったのでしょうか?

岩本 そうですね。たとえば、大手町はメガバンクが立ち並び、金融に強い街です。しかし、今後、金融ビジネスを行っていくにあたっては、フィンテック(ファイナンス×テクノロジー)の発想は欠かすことができない。そこで、「FINOLAB」というフィンテック系スタートアップやステークホルダーが集い、社会課題の解決に挑戦する施設をつくりました。

あるいは、地球温暖化に対応するためにも、今後はクライメイトテック(気候変動を解決するためのテクノロジー)が不可欠となっていく。そこで、クライメイトテック領域における国内初のイノベーション拠点「0 club(ゼロクラブ)」をつくっています。大企業とスタートアップ、そこにアカデミアなどが集まる場を用意することで、オープンイノベーションが進み、新事業が次々と生み出される。そんな街を目指しています。

山口 そのようなニーズは三菱地所の内部から生まれるのでしょうか?

岩本 時代の変化、経済環境、社会環境のなかで、「これが必要だね」と自然発生的にニーズが湧いてくる。街での対話の中から、自然と生まれてくるというようなイメージですね。

山口 いままでになかった業態の会社が入ることで、街やビルが変わるきっかけになるのでしょうか? 丸の内の中に、これまでにないIT企業が入居しても、外側からはわからないですよね。

岩本 丸の内は、時代の移り変わりに応じて街を進化させながら、常に時代をリードする街でありたいと思っています。入居企業にも変遷があり、ここ数年では、デジタル化の急速な進展、生成AIの登場などから働き方も変わり、企業・ワーカーから求められるものも変わってきています。その要望も踏まえて空間や街並みを作ることで、新たな企業を呼び込み、新たな企業が生み出す刺激によって大企業で働く人の中にも変化が生まれているように感じます。

だんだん風景になっていく山口作品

これまで、丸の内についてのお話を伺ってきましたが、一方で、岩本さんの目から山口さんの活動はどう見えるのでしょうか?

岩本 私自身、施設をつくるときなどにはシンメトリーの美しさにこだわっていたんです。でも、山口さんに出会い、日本庭園の魅力などに触れる中で、左右対称ではない美しさや、物と物の間(ま)、配置の妙によって変わっていく意味などを学んできました。バランス次第で、見え方はガラッと変わってしまうんです。

今年3月、本島別邸を訪れたときの感覚は忘れられません。山口さんが近景と遠景を大切に表現されていることに気付かされました。近景として庭園や庭石があり、遠景として海や山、空がある。風の音、波の音、建物、庭の緑、山の緑、広い空、遠くに見える瀬戸内の島々が印象的で、瀬戸内の豊かな時間、瀬戸内の島の原風景を感じました。そういった景観の作り方がとても魅力的でした。

本島別邸(撮影:公文健太郎)

山口 ありがたい感想ですね。

岩本 一方、同じく山口さんが手がけた浅草橋の「MONOSPINAL」は、本島別邸とは対照的。この建物の中に、何が入っているのか、どのような使われ方がしているのかが、外からはまったくわからない。しかし、実際に足を運んでみると、外構が浅草橋の雑多な街に溶け込んでいるのが見えてきます。

MONOSPINAL(撮影:公文健太郎)

山口 あくまでも、建物の情報を見せないことにこだわりました。用途が分からないから建物が背景となり、信号や看板なども、それが引き立っている背景として見える。浅草橋の周囲には飲食店や問屋、信号、看板、電柱など、一見して機能がわかるものたちが溢れかえっている。MONOSPINALがあると、そのような雑多な物たちが引き立って見えるんです。

岩本 たしかに、MONOSPINALは一見すると目を引く奇抜な建物ですが、見ているうちにだんだんと風景になっていきますね。

山口 風景という意味では、丸の内に対して目を向けている視点と、自分が手がけている建物はあまり変わらないんです。だから、丸の内の開発に携わっている岩本さんが、私の作品にも興味を示してくれるのはとてもうれしいですね。

岩本 私自身、皇居外苑からお濠越しに見える丸の内の風景・スカイラインが好きなんです。人によっては、それは似たようなオフィスビルが立ち並んでいるだけに見えるかもしれない。でも、それぞれのビルに違いがあり、さらにそこから街の中に入っていくと、その差異がますます際立ってくる。そんな感覚を「微差の並置」という言葉で表してもらえたことは、今後の仕事にとっても大きな励みになります。

山口 丸の内ではオフィスビルがちゃんと背景になってくれるんですよね。建物が背景として美しくあれば、人間の活動が主役として浮き立ってきます。だから、東京駅でウェディングフォトを撮影することができるんです。人が主役に見える風景があるからこそ、丸の内が魅力的なんだと思います。

2025年7月8日

  • 上田元治

    岩本祐介

    2002年三菱地所入社。ビル運営管理・新築ビル立上げ業務を担当後、広報部、ビル営業部、スタートアップ企業の誘致・ビジネス開発支援を行うxTECH運営部を経て、2022年に新事業としてフレキシブル・ワークスペース事業部を創設。2025年より広報部にて、パブリック・リレーションズを担当。